大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2504号 判決 1973年11月21日

控訴人 桑原澄江

控訴人 有限会社 串きゅう

右代表者代表取締役 桑原澄江

右両名訴訟代理人弁護士 下光軍二

同 上田幸夫

同 両角吉次

被控訴人 株式会社 詩織

右代表者代表取締役 河原崎てつ子

右訴訟代理人弁護士 坂本忠助

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

ただし、原判決主文第一項を、控訴人らは、各自被控訴人に対し六一万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年八月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、と変更する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、被控訴人が西沢静乃に対し、控訴人ら主張の日に契約金二〇万円、前借金三〇万円および四〇万円を交付したことは認めるが、被控訴人と静乃との契約は、労働基準法が適用される労働契約ではない。

さらに被控訴人と静乃との契約においては、契約不履行について違約金を予定したり、損害賠償額を予定したり、または前貸債権と賃金債務との相殺を約したことはなく、従って労働基準法第一六条または第一七条に違反していない。

二、被控訴人の経営する詩織の如きクラブにおいては、店または経営者のママと直接連絡のある顧客については、その飲食代等は、店が責任を負い、集金人によりまたは送金により扱われるが、特定のホステスに繋がる顧客は、そのホステスの長い間の努力で獲得したもので、そのホステスの貴重な財産であるから、その住所氏名等を濫りに立ち入って知ることができず、その代り飲食代等の集金につきホステスが責任を負い、通例入金が四五日以上遅れたときは自らの責任で店に入金する。よい顧客を多数擁するホステスを多数抱えることができるかどうかが店の繁栄に影響するので、かかるホステスを招聘するときにはバンスと称する前貸金や一定期間継続出勤することを条件とする契約金を支払うのである。

三、本件和解による控訴人らの債務八六万五、〇〇〇円のうち、控訴人らがその主張の期間に七回にわたり一ヶ月三万円づつ計二一万円を弁済したことおよび静乃が昭和四五年八月一日、同年一〇月五日に各一万五、〇〇〇円、同年九月二日に一万円計四万円を弁済したことは認めるがその余の弁済の事実を否認する。

よって本訴請求の元本額を六一万五、〇〇〇円に減縮する。

控訴人ら代理人は、次のとおり述べた。

一、本件の主たる債務は、西沢静乃が昭和四二年一〇月一三日、被控訴人の経営するクラブ詩織のホステスとして採用された際に受取った契約金二〇万円、前借金三〇万円とその後の前借金四〇万円および静乃の担当の客の飲食代の未払金等を静乃が退店したとき強くその支払いを請求し、同人が支払えないので、控訴人らを保証人として被控訴人主張の如き内容の和解契約を締結したものであるが、右主たる債務が次に述べる如く労働基準法第一六条、第一七条に違反し無効であるから、その保証契約は効力がないといわなければならない。

即ち、静乃は被控訴人に雇傭される際、契約金二〇万円(一年以上稼働したときは返還義務を免除される。)、前借金三〇万円(毎月二万五、〇〇〇円づつ給料から相殺する。)を、さらに昭和四三年一月一二日に再び前借金四〇万円を受け取った。なお、静乃の担当した客の飲食代は、静乃において責任をもち、客が支払いをしなかったときは、静乃の債務になるという雇傭条件であった。その後静乃は健康を害したなどの事情で同年六月頃退職せざるをえなくなったのであるが、その際被控訴人は、前記客の飲食代を含め一八〇万二、〇〇〇円の債権があるとして静乃にその支払いを求めた。その後静乃の弁済や客の支払いで債務は八六万円に減じたが、昭和四四年五月三一日、控訴人らが保証人としてその支払いを約するに至ったのである。

しかしながら、前記前借金は、賃金との相殺を対象としたものであり、また契約金は、違約金制度を前提とするもので労働基準法第一七条、第一六条に違反するものである。

二、控訴人らは、被控訴人に対し昭和四四年六月から同年一二月まで一ヶ月三万円づつ計二一万円を支払い、静乃も被控訴人に対し昭和四五年一月頃から昭和四七年八月頃までの間に一〇数万円を支払い、領収書を受け取った。

証拠≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、西沢静乃が昭和四二年一〇月一三日頃被控訴人の経営するクラブ詩織のホステスとして採用され、控訴人桑原澄江が保証人となったこと、その際静乃は、被控訴人から契約金二〇万円、前借金三〇万円を、また昭和四三年一月一二日頃前借金四〇万円を受領し、前借金の一部は弁済したが、その後静乃が同店を退職した際には、被控訴人に対し右契約金、前借金および同人が担当した顧客の飲食代の未払等合計一八〇万二、〇〇〇円の債務を負っていたことが認められ、被控訴人と控訴人らとの間において被控訴人主張の日にその主張の如き内容の和解契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

二、控訴人らは、右和解契約における主たる債務が労働基準法第一六条第一七条に違反し、無効であるから、控訴人らの保証契約も効力を生じないと主張するので、判断する。

(一)  稼働契約が公序良俗に反し無効である場合には、これに伴い消費貸借名義で交付された金員の返還請求は許されないけれども(最高裁判所昭和二八年(オ)第六二二号同三〇年一〇月七日第二小法廷判決)、労働基準法第一七条は、前借金を渡すこと自体を禁じているものではなく、前借金についての使用者の債権(前貸債権)で賃金に対する労働者の債権(賃金債権)を相殺することを禁じているにすぎないから、前記の如き事情の認め難い被控訴人と静乃との稼働契約関係においては、右契約を無効となしえないから、それが労働基準法の適用を受ける労働契約関係であるか否かを判断するまでもなく、前借金による消費貸借契約自体を無効ということはできない。

(二)  ≪証拠省略≫によれば、静乃がクラブ詩織にホステスとして採用された契約金二〇万円は、同人が一年勤続すればその返済を免除される約定になっていたこと、右金員は、静乃が前に勤めていた店の借金を返済するため借受けたものであることが認められ、他に右認定を左右しうる証拠はない。以上の事実によれば、右契約金は、元来静乃がその借金返済のため被控訴人から借受けたものであり、ただ一年勤続すれば、褒賞的にその返済を免除されるというものであって、返済しなければ退職を認めないというものではないから、静乃に対し労働を強制したりあるいは被控訴人に対するれい属を強いるものとも認め難いので、右契約金をもって労働基準法第一六条が禁止している違約金あるいは損害賠償額の予定に当るものということはできない。

(三)  してみれば、保証契約の無効を理由とする控訴人の抗弁はいずれも理由がないといわなければならない。

三、前記和解契約の締結後いずれも控訴人ら主張の頃に、被控訴人に対し、控訴人らが合計二一万円、静乃が合計四万円を弁済したことは、当事者間に争いがない。なお控訴人は、静乃が前記金員のほかさらに一〇万円余を弁済したと主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。

四、以上の次第であるから、控訴人らは、各自被控訴人に対し前記和解による保証債務額八六万五、〇〇〇円より前記弁済額二五万円を控除した残額六一万五、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和四七年八月二二日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、従って当審において請求を減縮して、控訴人らに対し前記金員の支払いを求める被控訴人の本訴請求は相当としてこれを認容すべきである。

よって右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第九三条第八九条を適用し、なお、原判決の主文第一項は、被控訴人が当審においてなした請求の減縮により主文第一項ただし書のとおり変更されたから、念のためこれを明らかにすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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